2000本安打達成!坂本勇人選手のこれまで

2000本安打達成!坂本勇人選手のこれまで

シーズンも本当に残りわずかとなる中、坂本勇人選手が2000本安打を達成しました。

長いプロ野球の歴史の中でも、2000本を達成した選手は本当にわずかしかいません。また、年齢も30代後半から40代など、ギリギリで達成することがほとんどなのです。

にもかかわらず、坂本選手は30代前半という年齢で達成しました。本当にすごいですね。

今回からは、複数回に分けて坂本勇人選手のこれまでを紹介していきます。

高校からプロ序盤

坂本選手は、青森県にある八戸学院光星高校の出身です。高校野球の強豪校として知られている高校ですね。

高校通算39本塁打を記録するなど、高校当時からすでに一定の注目を集めていました。

そして、2006年のドラフト会議で巨人から指名されます。

2007年、まだ高校1年目の段階で1軍に出場すると、いきなりプロ初安打をマークしました。

そして翌年の2008年は、10代にもかかわらず開幕スタメンを果たしたのです。巨人で高卒2年目の選手がスタメンで出ることは、本当にすごいことですよね。

この年に初HRをマークしますが、なんと満塁ホームランを放ちました。プロ初ホームランが満塁ホームランの時点で、すてにスター性があったと言えるでしょう。

オーススターにも出場し、日本シリーズでもホームランを放つなど大活躍。まさに飛躍の年となりました。

2009年〜

2009年、読売ジャイアンツは圧倒的な強さでリーグ優勝を果たしました。

坂本選手もシーズンは絶好調で、一時期は打率が4割を超えることもあったのです。

しかし、ショートとして試合に出続けた疲労が溜まってしまったのか、怪我をしてしまいました。

無理をして試合に出続けたとも言われていますが、シーズン後半からは思ったような成績を残せないでいたのです。

それでも打率は3割をキープしたままフィニッシュ。高卒3年目で打率3割は、なかなか達成できるものではありません。

翌年の2010年は、144試合全てに出場しました。本塁打が初めて30本を超えるなど、長打力も兼ね備えた選手として活躍しました。

課題と言われていた守備力も徐々に安定し、いよいよ巨人に欠かせない選手の代表例として人気を集めたときでしたね。

終わりに

今回は、坂本選手のこれまでを途中まで簡単に振り返ってみました。

またまだ序盤の段階であり、坂本選手の野球人生はこれからも長く続きます。次回以降は、2011年からの坂本選手を振り返ってみますので、ぜひご覧ください!