祝2000本安打!坂本勇人選手のこれまで②

祝2000本安打!坂本勇人選手のこれまで②

先日、見事2000本安打を達成した坂本選手。藤川選手の引退試合では代打として登場し、素晴らしいスイングを見せてくれました。

前回は坂本選手の2010年までを振り返る内容をお届けしましたが、今回は2011年からを振り返ってみましょう。

2011年といえば、東日本大震災が起こった年ですね。さらに、この年から統一球が導入されました。

数々の打者が被害を受けたこの統一球。坂本選手も例外ではなかったようですね。

2011年〜

これまで順調な上昇曲線を見せていた坂本選手でしたが、2011年は大きく成績を落とすこととなりました。やはりその原因は、統一球でしょう。

数々の名打者でさえも、この2011年は大きく成績を落としてしまいました。また、投手の成績が上がったことも印象深い年ですね。

結局、この年の坂本選手は打率が.260台で終わってしまったのです。ホームランも20本以下に落ち込んでしまうなど、苦しいシーズンとなりました。

しかし、2012年は見事な復活を果たしました。

打率は3割を記録し、さらに最多安打のタイトルを獲得したのです。

2012年も統一球が使われていたこともあり、多くの打者は適応できない状態が続きました。

しかし、たった1年で慣れてしまう坂本選手はさすがでしたね。日本一も達成でき、充実したシーズンだったと言えるでしょう。

2013年〜

坂本選手は、2013年に実施されたWBCの日本代表として選ばれました。

しかし、初めての国際大会でうまく馴染めなかったのか、思ったような成績は残せませんでした。

シーズンは途中まで打率3割を記録するも、最終的には.260台に落ち込んでしまいます。

さらに、日本シリーズでも結果が出せず、この年は楽天に日本一を受け渡す結果となりました。

翌年の2014年も打率は.270台となり、少しずつ陰りが見え始めたような印象でしたね。

さらに、2014年は阪神タイガースにクライマックスシリーズで4連敗。日本シリーズ進出すら叶わず、まさに苦しい1年となりました。

2015年も不調が続いた坂本選手。怪我の影響もあり、130試合の出場にとどまるなど、納得できないシーズンが続きました。

しかし、坂本選手は再び輝きを取り戻すのです。

終わりに

今回は、2011年〜2015年までの坂本選手を振り返ってみました。

スタープレーヤーの域にいる坂本選手であっても、やはり苦しいシーズンはあったということですね。

復活を果たす今後の活躍は、次回以降にお伝えします!