引退選手Vol4 石原慶幸 〜ジョンソンとの名コンビ〜

引退選手Vol4 石原慶幸 〜ジョンソンとの名コンビ〜

プロ野球に入団する選手がいれば、その分野球界を離れていく人もいます。

長年にわたってプロ野球を支え続けたベテラン選手には、本当に尊敬の念しかありませんね。

プロ野球で生き残ることは本当に難しいことなのだと、改めて思い知らされます。

今回は、そんなプロ野球界を去っていく人たちに焦点を当てた内容を多くりします。今回は、広島東洋カープの石原慶幸選手です。

広島を長年にわたって支え続けた石原選手。特に、ジョンソン選手とのコンビは記憶に残っている方が多いでしょう。

今回は、そんな石原選手のこれまでを振り返っていきます。

石原選手とは

石原選手は、高校野球の名門校である県立岐阜商業高校の出身です。県立岐阜商業といえば岐阜でも有名な高校で、甲子園にも何回も出場していますね。

そんな石原選手は、高校通算で57本塁打を記録するなど、パワーが持ち味の選手でした。

その後は大学に進学すると、大学生にもかかわらずオリンピックの候補に選ばれたのです。当時から注目されていた選手であることがわかりますね。

そして、2002年から広島東洋カープの一員として野球人生が始まります。

3年目でレギュラーに定着

1年目と2年目は目立った成績が残せなかったものの、2年目の終盤からすでに試合に出る機会が増えていきました。

そして、3年目の2004年では完全にレギュラーを獲得しました。その年は規定打席にも到達し、打率.288を記録するなど活躍したのです。

その後は好成績を残したり不調になったりを繰り返すこともありましたが、広島東洋カープに欠かせない一員として活躍。後輩の見本になっていた部分もあるでしょうね。

ジョンソン選手とのコンビ

特に印象に残っているのは、ジョンソン選手とのコンビです。

ジョンソン選手が先発登板をするときは、石原選手がマスクを被ることがほとんどとなりました。

2016年、広島東洋カープが25年ぶりにセリーグ制覇をしたときには、ゴールデングラブ賞とベストナインを獲得したほどです。

そんな石原選手でしたが、ここ数年は出場機会が激減しました。また、今年は試合中に足を痛め、そのまま登録を抹消。1軍復帰は難しいと判断し、引退を申し入れたようですね。

終わりに

今回は、石原選手の野球人生を振り返ってみました。

野球の中でも、特にキャッチャーは大変なポジションです。その中で15年以上もプレーを続けたことは、本当に素晴らしいことです。

また石原選手の姿がどこかで見られるよう、今後の活躍にも期待しましょう!