名選手のこれまでを振り返る 〜松坂大輔〜

名選手のこれまでを振り返る 〜松坂大輔〜

プロ野球の歴史は非常に長く、約80年もの歴史を誇ります。

このような長い歴史の中では、これまでにたくさんの名選手が誕生しました。名選手によって生まれた伝説的な試合など、枚挙にいとまがありません。

今回からは、これまでの名選手の活躍を振り返るシリーズをお送りします。今回は、現在も現役としてプレーを続ける、松坂大輔選手です。

輝かしい高校時代、鳴り物入りでプロに入ってからの活躍。そして現在にいたるまでを振り返ってみましょう。

横浜高校でノーヒットノーラン

松坂選手は、名門校として知られる横浜高校に入学しました。

高校生とは思えないストレート、そして変化球は、まさに群を抜いていましたね。

横浜高校の絶対的エースとして春夏連覇を成し遂げたことは、多くの方がご存知だと思います。

さらに、決勝戦でのノーヒットノーラン達成。疲労もたまりやすくなり、緊張もする決勝戦での偉業達成は、当時大きく報道されました。

西武ライオンズに入団

松坂選手は西武ライオンズにドラフト1位で入団しました。

私は当時を知りませんが、キャンプ時から大注目を浴びていたようです。

そして迎えた初登板。相手は日本ハムファイターズ。

いきなり150km/hをマークしたことから、東京ドームは大きなどよめきに包まれました。

現在こそ150km/hは当たり前のような雰囲気ですが、当時はそうでもありませんでした。

ましてや高卒1年目の選手が150km/hを記録したことは大きな話題を呼びましたね。

また、片岡選手が空振り三振を喫したシーンは今でも使われるほどの名シーンでした。

なんとその時の球速は155km/h!当時では異例の休息とも言えるでしょう。

松坂選手のプロ生活はここから始まりました。

最多勝を獲得

松坂選手は1年目で最多勝を獲得するなど、まさに西武のエースとして君臨していました。

長年にわたって西武ライオンズのエースとして活躍し、2006年に行われたWBCでは背番号18を背負って大活躍。

見事な活躍を果たし初代MVPを獲得するなど、まさに日本球界のエースとなりました。

2007年からはメジャーリーグへと拠点を移し、ボストン・レッドソックスに入団。

1年目で15勝、2年目は18勝を記録し、まさに順風満帆。しかし、そのあとに松坂選手をさまざまな悲劇が襲いました。

終わりに

今回は、松坂選手のこれまでを振り返ってみました。

今回はメジャーリーグに渡るまでを振り返ってみましたが、松坂選手の野球人生は今後も続きます。

次回もお楽しみにしてください。