球界を彩った外国人選手 ホセ・フェルナンデス編

球界を彩った外国人選手 ホセ・フェルナンデス編

長い歴史を誇るプロ野球には、これまでに数えきれないほどの外国人選手が在籍しました。

このブログでは様々な選手を取り上げていますが、今回は「ホセ・フェルナンデス」選手を取り上げていきます。

パ・リーグ球団を渡り歩いたことで有名なフェルナンデス選手。一定の成績を残しつつ、ムラのあることでも有名でしたね。

フェルナンデス選手とは

フェルナンデス選手は、2003年に千葉ロッテマリーンズに入団し、日本での選手生活をスタートさせました。

しかし、ロッテは1年で退団。打率.300に加え30本塁打をマークしたにもかかわらず、翌年から就任予定だったバレンタイン監督の意向には沿わなかったようですね。

その後は西武ライオンズに入団し、2006年からは東北楽天ゴールデンイーグルスへ。貧打にあえぐチームにとって、フェルナンデス選手は大きな存在となりました。

ベストナインを獲得するなど活躍し、2009年はオリックスに移籍。その後は海外チームも含み、再び西武ライオンズ、東北楽天ゴールデンイーグルス、オリックスでプレーしました。

1人の選手が複数球団をここまで渡り歩くことは、非常に稀なケースでした。このような事情もあり、フェルナンデス選手が強く印象に残る人も多くいます。

選手としての特徴は?

1年目から30本塁打を記録したように、フェルナンデス選手は長打力が持ち味の選手でした。

日本での通算本塁打数はなんと206本!ただでさえレベルの高い日本の中で、200本塁打以上の本塁打を記録したことはすばらしいことです。

また、陽気な性格もありチームのムードメーカーとしての役割も果たしていました。ムードメーカーは必要な存在ですので、成績面はもちろんベンチの雰囲気を作る上でも重要な役割を果たしていましたね。

一方、守備面は雑な部分が多くありました。エラー数は非常に多く、チームの足を引っ張ってしまったことも珍しくありません。

ある試合でサードを守っていたときには、打球がファールだと勘違いしていまい、ファーストに投げなかったこともあるほどです。

2009年以降は徐々に打棒も衰え始めてしまったことから、出場機会が減少して引退となりました。

しかし、1年足らずで戦力外になる選手も多数いる日本でこの成績を残したフェルナンデス選手は、間違いなく成功した選手と言えるでしょう。

おわりに

今回は、フェルナンデス選手のこれまでを振り返ってみました。

これからも印象に残った外国人選手をたくさん紹介しますので、ぜひご覧ください!