伝説の選手を振り返る|平成最後の三冠王・松中信彦

伝説の選手を振り返る|平成最後の三冠王・松中信彦

長いプロ野球の歴史では、残念ながらすぐに引退・退団せざるを得ない選手も多くいる一方、長年にわたって活躍した選手もたくさんいます。

今回は、まさに伝説といってもいいレベルで活躍した選手を紹介します。

今回は、平成最初で最後の三冠王である、松中信彦選手です。

日本代表に選ばれた経験もあるほどの選手であり、ファンからの人気も高い選手でした。

そんな松中選手のこれまでを振り返ってみましょう。

ダイエーの主砲

松中選手は、高校・社会人野球を経て福岡ダイエーホークスに入団しました。

まだプロ野球選手にはなっていなかったにもかかわらず、アトランタオリンピックでは日本代表として活躍するなど、すでに注目を集めていたようです。

2年目からは2軍の本塁打王に輝くなど、順応能力を徐々に見せつけていたのです。

そして4年目、いきなり打率3割・30本・100打点という成長ぶりを見せ、ダイエーの主砲として定着しました。

平成最初で最後の三冠王

そんな松中選手といえば、平成最初で最後の三冠王として知られています。

2004年に三冠王を獲得して以降、他の選手は三冠王を獲得していません。

この事実からも分かるように、当時の松中選手は本当に一流の強打者として活躍したのです。

しかし、プレーオフに弱いという欠点もありました。

2004年・2005年ともにレギュラーシーズンは1位で終了しながら、プレーオフでは極度の不振に陥ります。

このときから「短期決戦に弱い」と言われてしまうことが増え、チームも短期決戦で苦しんでしまうことが多くありました。

現役引退後の活動

怪我が影響し、なかなか活躍ができなくなった松中選手は、2015年に現役を引退します。

その後は、解説者として活躍をしながら、指導者としての道も歩んでいるようです。

松中選手の解説は非常にわかりやすいと言われており、視聴者からの人気も高くなっていますね。

そして、四国アイランドリーグではGM兼監督を務めるなど、選手以外で野球に携わる活動もはじめました。

しかし、このGM兼監督という立場はすでに退任したようで、詳しいこともわからないまま表舞台から姿を消してしまいました。

現在、松中選手がどのようなことをしているのかわかりませんが、また野球界に帰ってきてほしいですね。

終わりに

今回は、「伝説の選手を振り返る|平成最後の三冠王・松中信彦」と題してお送りしました。

三冠王選手とはいえ、引退試合もできないまま引退したのは非常に残念です。

どのような形でも、野球発展に携わってほしいですね!