伝説の選手を振り返る|斉藤和巳選手編

伝説の選手を振り返る|斉藤和巳選手編

このブログでは、これまでに活躍した野球選手の情報などを掲載したり、これからの活躍が期待される選手を取り上げたりしています。

今回は、過去に素晴らしい活躍をした選手として、斉藤和巳選手を取り上げていきます。

ソフトバンクの絶対的なエースとして君臨したものの、怪我に悩まされた斎藤選手。

そして、野球ファンであれば間違いなく記憶にあるであろう、プレーオフで崩れ去る場面。

そんな斎藤選手のこれまでを振り返ってみましょう。

怪我が多かった初期

斎藤選手は京都にある高校出身であり、甲子園に出場することはなかったものの、スカウトから注目される存在として知られていました。

そして、1997年からプロ入りすると、ルーキーイヤーの段階で1軍の試合にも登板するのです。

ところが、その翌年には肩の手術を行い、ほとんど試合で投げることはありませんでした。

2001年にも再び肩を痛めてしまうなど、怪我の多さがネックとなっていた斎藤選手ですが、2003年に素晴らしい活躍を果たします。

タイトルを総ナメ

斎藤選手は2003年に開幕投手を務めると、なんと20勝をマークし、誰もが想像していなかった成長ぶりを見せました。

阪神の井川選手とともに20勝を記録し、さらに先発で登板した試合には16連勝を記録。

さらに、最優秀防御率や沢村賞などのタイトルを総ナメするなど、一気に球界のエースとして活躍しました。

日本シリーズでは勝利を記録することはなかったものの、今後の活躍が期待されたのです。

2005年には16勝1敗・2006年には18勝5敗という記録を叩きだしました。

プレーオフでの敗退

そんな斎藤選手といえば、2006年のプレーオフです。

北海道日本ハムファイターズとの争いの中で、負ければプレーオフ敗退という中の先発になりました。

8回までを0点に抑える素晴らしい投球を披露するも、ソフトバンクも点を取ることができません。

そして迎えた9回裏、異様なムードに飲み込まれてしまったのか、斎藤選手は点を失ってしまい、プレーオフ敗退となってしまったのです。

その瞬間、斎藤選手は崩れ去ってしまい、マウンドで立ち上がることができない状態となっていました。

その瞬間は今でも語り継がれており、今後も忘れ去られることはないでしょう。

終わりに

今回は、「伝説の選手を振り返る|斉藤和巳選手編」と題してお送りしました。

活躍できた年数は短かった斎藤選手ですが、多くのプロ野球ファンの姿に、その勇姿が焼きついたことは間違いありません。