青山選手が引退!これまでの成績はどうだった?

青山選手が引退!これまでの成績はどうだった?

昨シーズンもさまざまな選手が現役を引退しましたが、ここにきて新たに青山選手も引退を決断しました。

東北楽天の中継ぎピッチャーとして、長きに渡って活躍をしてきました。

青山選手の引退は、楽天が新しいチームに生まれ変わることを意味しているようにも思えます。

そこで今回は、青山選手のこれまでを振り返ってみます。

苦しい時代を乗り越え、復活したこともあった青山選手。本当に素晴らしい選手でした。

北海道出身の鉄腕

青山選手は、北海道出身のプロ野球選手です。

北海道出身のプロ野球選手は体の強い選手が多いと言われており、青山選手もその1人して活躍しました。

高校生の段階では、残念ながら甲子園に出場することはできず、青森県の八戸大学に進学します。

八戸大学では通算の成績が20勝0敗という驚異的な成績を残し、2005年のドラフトで東北楽天ゴールデンイーグルスから指名を受け、プロ入りを果たしました。

1年目の段階から中継ぎ投手として42試合に登板。

存在感は発揮したものの、防御率は5点台という苦しい結果に終わってしまったほか、シーズン終盤には手術も経験しました。

先発そして中継ぎ

その後、2007年には先発投手としてローテーション入りを果たし、プロ初勝利を記録したものの、再び不調に陥り2軍落ち。

その後、中継ぎとして試合に出場することになった青山選手は、2010年にブレイクを果たします。

当時戦力として活躍していた小山・片山選手とともに「スリーマウンテン」と呼ばれ、中継ぎとして大活躍を果たすのです。

41試合の登板で防御率が1点代という素晴らしい成績を残し、一気にスターの仲間入りを果たしました。

不振・復活と引退

その後、安定した活躍を見せた青山選手でしたが、2016年は大不振に陥ります。

シーズン終盤こそなんとか復活を果たしましたが、前半は出るたびに打たれてしまう試合が続き、苦しいピッチングが続いていたのです。

もはや限界かと言われていた青山選手。

しかし、2018年は50試合以上の登板で防御率が1点代を記録し、再び復活を果たしたのです。

2019年は自己最多の62試合に登板。

まさに北海道出身の鉄腕投手として大活躍し、チームの3位躍進に貢献しました。

昨年は登板試合数が少なくなってしまい、引退を決断しました。

終わりに

今回は、「青山選手が引退!これまでの成績はどうだった?」と題してお送りしました。

引退する前年に最多登板を果たした選手は、そこまで多くないでしょう。

今後は野球界のために、尽力をしていただきたいですね。