球界を彩った外国人選手 タイロン・ウッズ編

球界を彩った外国人選手 タイロン・ウッズ編

プロ野球の世界には、さまざまなライバル関係が存在します。

昨シーズンで引退した藤川選手とライバル関係にあった選手が、タイロン・ウッズ選手です。

中日ドラゴンズの最強助っ人として、凄まじい記録を残し続けたウッズ選手。ドラゴンズの黄金時代を築いた一人として、今でも語り継がれています。

そこで今回は、ウッズ選手のこれまでや、選手としての特徴などを解説します。懐かしい思い出に浸りたい方は、ぜひご覧ください!

恐怖の4番打者

ウッズ選手は、アメリカ合衆国出身のプロ野球選手です。

とにかく長距離砲という言葉がふさわしいウッズ選手は、他球団のファンや選手からすれば、恐ろしいバッターという印象がありました。

ホームベースから離れた場所に立っているにもかかわらず、引っ張ることはもちろん流し打ちでもとんでもない打球を飛ばすその姿は、多くのファンの印象に残っているはずです。

日本球界でプレーをする前は、アメリカでプレーをしたのちに韓国球界で野球をしていました。

韓国球界でも40本以上の本塁打を放つなど、素晴らしい活躍は見せていたウッズ選手でしたが、年俸が原因で日本球界に活躍の場を求め、横浜ベイスターズに入団します。

1年目から40本塁打

そんなウッズ選手は、横浜の1年目の段階から40本塁打を記録します。

現在は投手のレベルが上がったこともあり、なかなかこのような活躍をすることは難しい状態ですが、この年は打高だったことも影響したようですね。

翌年も見事な活躍を果たし、45本という本塁打を放ちましたが、横浜との交渉は決裂してしまいました。

2005年からは中日ドラゴンズに移籍し、そこでも4番を務めます。

当時福留選手との3番4番はまさに脅威であり、中日の黄金時代を築きました。

特に印象に残っているのは、2006年に優勝を決めた試合における大活躍です。

1試合で7打点

勝てば優勝が決まる試合において、ウッズ選手はなんと1試合で7打点という恐ろしい活躍をマークしました。

特に延長の場面では、満塁ホームランを放ち優勝を決定づけました。

落合監督と抱き合った姿は今でも印象に残っており、忘れられないシーンですね。

その後も活躍を果たしましたが、2008年は打点の少なさが原因で退団。

6年間のプレーの中で、鮮烈な印象を残した選手でした。

終わりに

今回は、「球界を彩った外国人選手 タイロン・ウッズ編」と題してお送りしました。

日本に在籍した外国人選手の中でも、素晴らしいバッターだったと言える選手でしたね。